岐阜大学で歯科口腔外科に関する研究で博士号を取得しました。
丁寧な診察とわかりやすい説明を心がけ、信頼される獣医師をモットーに日々励んでいます。歯科口腔外科に関する不安なことがあれば何でもご相談ください。
当院では犬や猫の歯科処置に力を入れて取り組んでいます。
2歳までに犬では80%の子が、猫では70%の子が何らかの歯周疾患に罹患するとの報告があります。(Wiggs RB & Lobprise HB 1997, Marshall 2014)特に近年飼育されている方の多いトイ犬種や小型犬ではその罹患率が高いことが知られています。普段、なかなかワンちゃんやネコちゃんのお口の中を観察することがない方も多いかもしれません。適切な口腔ケアをしていない場合は歯周炎、歯周病などの口腔疾患を罹患していても不思議なことではありません。なかなか見ない・見られない場所だからこそ異常に気が付きにくく、重症化して具体的な症状が伴うことではじめて気が付く飼い主さんがほとんどです。重度に歯周疾患が進行している場合は抜歯などの侵襲の大きい歯科処置が必要となってしまうこともあり、歯牙を失うことになってしまいます。人も動物もお口の健康を維持していくためには毎日の口腔ケアや定期的なチェックが不可欠です。
歯石は細菌の塊
一般に歯に付着する汚れとして知られている歯垢や歯石ですが、これはいったいどのようにして付着するのでしょうか。歯垢とは歯の表面に付着する白くネバネバした物ですが、これはいわゆる食べカスではなく細菌の塊です。正確には細菌とその代謝産物で構成されており、この代謝産物がネバネバの元となって歯にくっつきます。歯垢は簡単には剥がれず、歯みがきなどの物理的な除去が必要になります。
その歯垢がミネラルと結合して固くなったものが歯石と呼ばれます。歯石になってしまうと歯みがきでも除去することができず、除去するためにはスケーリング(歯石とり)をする必要があります。歯石の表面はボコボコしているためツルツルした歯面よりも歯垢が付着しやすく、適切なケアをせず放置していると歯を覆いつくすほどの歯石が付着してしまいます。前述の通り、歯垢や歯石は細菌の塊であるため、口臭の原因となるのはもちろん、歯肉を刺激して歯周炎を引き起こしたり、不可逆的に歯周組織が破壊される歯周病を引き起こしたりしてしまいます。それだけでなく現在は歯周病と心疾患、腎疾患などの全身性疾患との関連も報告されるようになり、歯周病は口腔内のみにとどまらない問題として考えられるようになってきました。
気になることがあればお気軽にご相談を!
口臭や歯石の付着、口の痛みやできものなど口腔内の問題があるかも?と思われる場合はお気軽にご相談ください。獣医口腔外科に詳しい獣医師が担当し診察させていただきます。歯石の付着が重度である場合については正確な評価は歯石を除去するまで困難ですが、治療が必要かどうか、どのような治療になるのか、治療しなかった場合考えられること、その後の口腔ケアについて詳しく説明させていただきます。
当院で実施可能な処置・治療
- 犬:スケーリング・ポリッシング、乳歯遺残、歯肉炎、歯周病、口腔鼻腔瘻、根尖周囲膿瘍、歯の破折、接触性口内炎、口蓋裂、顎嚢胞(歯原性嚢胞)
- 猫:スケーリング・ポリッシング、乳歯遺残、歯肉炎、歯周病、歯の破折、難治性口腔後部口内炎、口蓋裂
歯科口腔外科処置の術前検査
- 血液検査
- レントゲン検査
- エコー検査
- 血液凝固検査
全身状態の検査に加え、口腔内は出血しやすい場所であるため血液凝固に異常がないか確認した上で処置をしていきます。
犬や猫では人と違いスケーリング処置にも全身麻酔が必要になります。全身麻酔にはどんなに健康な子であってもそのリスクは0(ゼロ)ではないため、治療によるメリットと麻酔のリスクで悩むことになると思います。最近、動物の“無麻酔スケーリング”なるものが出てきています。“無麻酔スケーリング”はその名の通り全身麻酔なしで実施するスケーリングのことで、全身麻酔のリスクを避けて歯石取りが実施できます。当院では“無麻酔スケーリング”に関しましては実施しておりませんし、オススメもしていません。日本小動物歯科研究会でも無麻酔下での歯石除去、歯科処置の危険性について声明を出しています。(https://www.sadsj.jp/guideline/)
①処置中の事故の発生
動物が動く中で処置をすることにより口腔内を傷つけたり、歯周病で弱っている顎が折れてしまったりという処置中の事故が起きているとの報告があります。スケーリングに用いるハンドスケーラーは先端が刃物になっている器具です。これを動く動物の口の中で扱うのは非常に危険です。無理やり処置をすることで口の中を見られることも嫌になってしまう子も出てきてもおかしくありません。もちろん、全身麻酔下でもこういった事例はありますが、止血などのその後の処置が無麻酔の状況では困難です。
②部分的な歯石除去しかできない
“無麻酔スケーリング”では限定的な範囲の表面的な歯石の除去しかできません。無麻酔でも歯の頬側面の歯石は除去できるかもしれませんが口蓋側(裏側)や歯周縁下のスケーリングは困難であり、まともに実施することは不可能です。くしゃみや鼻水などの臨床症状を引き起こしているような場合は、見えている部分の歯石が除去されても問題の解決にならない可能性もあり、見えていない部分の問題を放置してしまうキッカケになりかねません。
③歯石を取る以外の処置もできない
スケーリングの際に通常実施するルートプレーニング(歯周縁下のスケーリング)やキュレッタージ(歯周ポケット内の掻把)は無麻酔での実施はできません。また、スケーリング後に実施するポリッシング(研磨)処置も無麻酔では実施できません。スケーリング後は歯の表面に細かなキズができてしまうため研磨剤とブラシ、ラバーカップを用いて研磨を行い、再びツルツルの表面にする必要があります。細かなキズがある状態ではふたたび歯垢が付着しやすくなってしまいます。
“無麻酔スケーリング”は “不完全な歯石除去”であり、“全身麻酔のリスク”はありませんが“全身麻酔がないことのリスク・デメリット”が存在します。名前は似ていますが実際の“無麻酔スケーリング”は「動物病院の全身麻酔をかけて実施するスケーリング」とは全く異なるものです。
スケーリング前
スケーリング後
犬においてよく認められる口腔内の感染性・炎症性疾患です。
歯石中に含まれる細菌に対して歯肉の炎症が起きます(歯肉炎)が、それが歯周組織にさらに波及していくとこれらの組織の破壊をともなう歯周病へと進行していきます。歯を支える歯槽骨、歯と歯槽骨をつなぐ靭帯である歯根膜が破壊されることで歯はグラグラの状態になってしまいます。症状
重症度によりさまざまな症状が出ます。
口臭、歯肉の発赤・出血・退縮(歯の根っこの部分の露出)、口(歯石)を気にするようなしぐさ、歯の動揺・脱落、鼻水、くしゃみ、鼻出血、顔や顎の腫れなど治療・予防
軽度であれば歯を温存することも可能ですが、重度の場合では抜歯が必要になります
治療せずそのままにしておくと・・・
上顎:歯の脱落、口腔鼻腔瘻、頬の腫れ、眼下への排膿(外歯瘻)など
下顎:歯の脱落、顎の腫れ、歯周病により細くなった下顎骨の病的骨折など処置前
処置後
予防法
歯垢の付着を予防するために口腔ケアをすることです。
歯ブラシやシートを使った歯みがきが有効なほか、お口を直接ケアするのが難しい場合は水に薄めて飲ませるタイプのものやスプレータイプのものを利用することができます。
歯周病などにより上顎骨の歯槽骨吸収が鼻腔まで達し、口腔と鼻腔をつなぐ穴ができてしまった状態です。歯周病が重度に進行した犬でよく認められます。
症状
飲食をした時に鼻腔内にも食べたものや飲んだものが入ってしまいます。
くしゃみ、鼻水、炎症や感染により膿性の鼻水や鼻出血治療
歯周病から進行する場合は、
- 原因となっている歯の抜歯
- 瘻管内の掻把
- 粘膜の縫合
感染の原因となるものを除去し口と鼻の連絡をなくす必要があります。
感染のコントロールのため術後の抗生剤の使用が必要になります。
処置後は術創が鼻腔内まで達しているため鼻出血をともないます。
歯周病や歯の破折、変形歯が原因で根尖(歯の根の部分)の周囲に膿がたまって、顔や顎が腫れる状態です。場合によっては顔や顎のどこかに穴が開き排膿(歯瘻の形成)をしていることがあります。
治療
抗生物質の飲み薬で原因細菌に対する治療をすれば一時的に腫れが引くことがありますが、完全に原因を除去することはできず再発の可能性が残ります。
根本治療のためには
- 原因となっている歯の抜歯
- 膿瘍部分を洗浄・掻把
- 粘膜の縫合
頬粘膜の炎症・潰瘍
口峡部の炎症・潰瘍
歯石が付着する犬に認められる口腔内の炎症性疾患です。歯石に触れる頬、舌などの口腔粘膜で炎症・潰瘍病変が形成されます。この病変は“激しい痛み”をともなうことが特徴です。
症状
痛みにより、
流涎、食欲低下、口を大きく開く(あくびなど)と発痛、口を気にするような仕草をする治療
抗炎症薬で痛みを抑えることはできますが投薬をやめるといずれ症状が再出現します。根治的な治療法は原因となっている歯石の除去と歯周病が進行している歯の抜歯です。歯石が付着している子のすべてで起きるわけではありませんが、口の中の炎症がひどい場合や食欲不振の症状がある場合は歯周病と同時に接触性口内炎を発症している可能性があります。
口峡部の炎症・潰瘍
猫の歯肉の慢性炎症性疾患のひとつです。現在までにその原因は解明されておらず、100%有効といえる治療法も存在していません。ウイルスや細菌などの感染要因、飼育状況やストレスなどの環境要因、猫種や家系などの遺伝的要因が関連しているといわれています。発症した猫では歯肉や口腔粘膜で炎症・潰瘍病変が形成されます。特に口腔後部(口峡部)での粘膜の腫れが特徴的です。これらの病変は“激しい痛み”をともないます。
症状
激しい痛みによる、
流涎、食欲低下、採食困難(ドライフード拒否、フードを落とす)、開口拒絶、口を気にする仕草(口の中に前肢を入れてひっかくような動作)、嚥下困難 のほか体重減少、炎症病変からの出血 の症状が認められます。治療
- 内科的治療法
①抗生物質と抗炎症薬の注射や内服薬
痛みを抑えることができますが、投薬をやめると痛みが再出現します。
また長期的に抗炎症薬を使用することで徐々に薬の効果が現れにくくなり、症状を抑えるために必要な薬の投与量が増えていってしまいます。
②サプリメント
お薬ではないため効果には個体差がありますが、サプリメントの使用により内服薬が不必要になったり、内服薬の投与量・投与頻度を減らすことができたりする場合があります。効果が現れるまでには時間がかかるため少なくとも1カ月程度は効果があるかどうか様子を見る必要があります。- 外科的治療法
一番有効とされる治療法ですが、これにも限界があります。
外科的な治療法としては全臼歯抜歯(犬歯より奥の歯すべての抜歯)がまず行われますが、完治するのは約6割の症例で、2割は症状の改善や抗炎症薬の必要な投与量・頻度の減少が認められ、残る2割はあまり効果がなかったという報告があります。完治しなかった症例に対して次のステップとして全顎抜歯(すべての歯の抜歯)が行われますが、ここまでやっても完治しない症例もいるのが現状です。また、全臼歯・全顎抜歯は手術の侵襲が大きく、長い麻酔時間が必要な手術になります。症例の状況に応じて内科的治療、外科的治療、サプリメントの使用を考慮し、よりよい治療・緩和プランを模索していきます。処置前
処置(全臼歯抜歯)後